株式会社 オリエンタル工芸社登録番号:0050

株式会社 オリエンタル工芸社の杉本亨社長

 エレベーターに乗ると必ず押すボタン。昔のボタンは奥まで押さなければならないし、文字だけでなくボタン自体も小さかった。しかし、最近は軽く押すだけで、大きなボタンが鮮やかに光る。「ピッ」と音も出る。そうした製品が日常化するまでには、言うまでもなく試作を繰り返し、成功・失敗の積み重ねがある。「今月のピックアップ企業」は大森西にある株式会社オリエンタル工芸社の杉本亨社長である。主にエレベーター用部品製作を続け、エレベーター操作盤にLEDを使用した製品を日本で初めて開発するなど、独自の開発力で日本のトップメーカーの一つになっている会社である。平成14年度に大田区「優工場」に認定され、平成20年度経済産業省・中小企業庁の「明日の日本を支える元気なモノ作り中小企業300社」にも選ばれている。

 杉本社長には独特の経営哲学がある。「うちは下請けとメーカーの両輪で動いている。どちらの強みも弱みもわかっているから世の中を渡っていける。このバランスを保つことが中小企業の生きる道。」下請けには取引先から一定の供給があるが、値段を決められない。一方メーカーは値段を決められるが、5・6年経つと技術の優位性が落ち単価の下落につながる。メーカーとしては高い技術力を持ち続けること、そして新規商品の開発が重要となってくる。「何を困っているのか。それを解決する何か新しい商品を2?3年に1度は出すことにしています。今年の秋頃にも新商品を出す予定です。」0050_pickup_05.jpg

 杉本社長が前社長から会社を引き継いだのは、昭和54年8月のことだった。前社長が病気で急逝。突然の出来事に呆然としていたが、会社を放っておくわけにはいかずやむなく経営を引き継ぐ。負債を整理して会社を処分する道を選ぶこともできたが、悩んだ杉本社長が選んだのは会社の存続だった。同じ年の12月には待望の新製品である「押釦」ができ、オリエンタル工芸社の頭文字をとって「OK形押釦」と名付け杉本社長は必死で営業に歩いた。新製品の評判は上々、得意先も少しずつ増えていったが、資金が底をついた。その急場を救ったのが、同社の会計の先生と大手金融機関の融資課長だった。二人は杉本さんにレポートを書かせ、その内容を確認したのち、会計の先生は借入の連帯保証人となり、融資課長は預金もないのに手形の割引き、短期のつなぎ資金を融資した。杉本さんは今でも「二人の神様」と呼ぶ。しかし見方を変えれば、「二人の神様」が、杉本さんの中に大きな可能性を見い出していたということだったのだろう。そして、その眼力は正しかった。

どこにも負けない新商品を製造して、経営が軌道に乗り現在に至るわけだが、従業員は11人と決して規模の大きい企業ではない。「小さいけど三菱や東芝のようなメーカーとうちは同じ気持ちでやっている。メーカーだから半永久的に安定供給しないといけないよね」その仕組みがこの会社にはきちんと出来上がっている。80坪の工場内に機械・組立・板金、それぞれの加工ができる設備を備えており、「ミニ大田区」ともいえるような陣容。後継者問題も心配はない。67歳を過ぎた今もなお杉本社長は常に前向きな姿勢を崩さない。

誰にでも優しい製品開発をモットーにしており、現在は高齢者や障害者に優しい大きくて見やすいボタンなど、ユニバーサルデザインの製品開発にも力を入れている。同社のこうした姿勢は大きく評価され、中部国際空港(セントレア)におけるエレベーターにも採用されている。今後も、常に新しい発想で製品開発に取り組み、よりよいエレベーターづくりに貢献する大田区の輝くまち工場である。