テック大洋工業 株式会社登録番号:0144

技術だけにとどまらないテック大洋工業の強み

 「今月のピックアップ企業」は、公園施設や都市環境施設等の設計・開発から製造・施工・アフターサービスまでを一貫して手掛ける、テック大洋工業株式会社 代表取締役 鳥潟浩司さんにお話を伺った。
 
 同社は、1958年に創業、大手メーカーの鉄鋼部門や石油プラント部門の協力企業として、航空標識や航路標識等の各種標識類、製缶製品等を製造していた。当時の同社の強みは、高い評価を得ていた"職人によるものづくり"であったものの、一方で下請け企業の限界を感じ始めていた。
 そのような同社が体質改善に取り組むきっかけとなったのが、1973年のオイルショックである。「下請け企業の辛さを実感した」同社は、メーカーへの道を模索し始める。独自技術の開発に着手し、1984年に社名を「大洋機械」から現社名に変更、自社製品の販売の見通しが立ち、オイルショックから立ち直った同社は、鋼構造物の専門メーカーとしてのスタートを迎える。

 独自技術の開発には3?4年を要することも多い。開発までには、他社に先んじられる、自社ではコントロール不能な事態が生じる等のリスクがある。しかし、メーカーである以上、技術開発におけるたゆまぬ挑戦を続けなければならない。
 なぜ、同社はその姿勢を堅持することができたのか。その答えを、鳥潟社長の次の言葉に見つけることができた。
「意思に勝る正解はない」、「意思に勝る理由はない」取材の中で最も心に強く刻まれた言葉である。

 同社のコア技術は、創業以来蓄積された職人技を生かした技術開発である。「源流回帰:発明の連鎖を目指す」という企業コンセプトの下、特注品市場を技術開発戦略の舞台と捉え、大田区内の施設をはじめ日本全国の公共施設等を手掛けてきた。同社のHPには、同社が手掛けた、誰もが一度は目にしたことのある施設等が紹介されている。ぜひ一度ご覧頂きたい。
 「同社のエネルギーの70%はほとんど形にならない売り込み」に注がれており、「1000のうち3つしか当たらないような世界」においては、全ての売り込みにデザインや図面引きといった業務が不可欠となる。そのようなプロセスを経て、自社の存在が認められ、契約に結び付く。そこには、大手企業には真似のできない、同社のものづくりへの飽くなき情熱が迸っている。
 
 さらに、「特注品市場における市場とのベクトル一致の糸口の模索」の結果、市場のニーズにかなう製品開発が実現される。同社は、1988年以降、環境に配慮した自社製品を開発している。環境対応型高機能塗装『エストコート』、環境対応型高機能性ユニット基礎『リユースベース』、環境対応型ポール『タイヨウポール』等々、数々の特長ある製品が開発されている。
 
 また、同社は区内外企業との連携を積極的に図っている。同社がコア企業となり、テック大洋工業株式会社、株式会社ニッコー化学研究所(大田区)並びに快工房株式会社(中央区)の3社で新連携体を構成し、「環境対応型耐候性鋼材製品及び表面処理剤の開発・事業化」をテーマに認定取得と新連携創出を目指し活動を繰り広げているところである。

 最後に、大田ブランドへの想いを伺った。
 「なんかね、(大田ブランドは)いいですよ。ただし、(TOKYOを)意識していないのが困る。」大田ブランドの発信には、TOKYOという世界に通用するブランドを最大限活かすべきというのが鳥潟社長の持論である。鳥潟社長のお話を伺い、今後の大田ブランドの発信、特に海外に向けた発信についてTOKYOそしてOTAの持つ意味を再認識した次第である。
 TOKYOの中のOTAから生まれる同社の今後の展開から、益々目が離せない。